震災以降、人の価値観や
大切なもののプライオリティが変わってきた気がします。
数年前に自分が書いた日記を読んで、また載せたいと思いました。
〜カマキリのお話〜
小学生まで、俺たち兄弟ふたりは2段ベッドで寝てた。
もちろん小さい俺が上、兄貴が下。

夜、眠れない時とか、悲しい気分の時はいつも
「兄ちゃん、カマキリのお話して」って言ってね。
「いいよ」って言われたら下の兄貴のベッドにもぐりこんでた。
『カマキリの話』って言っても、決してカマキリが主人公のおとぎ話ではなく、
カマキリの生態系についての話でもない。
なんつうか、弟から兄へ 様々な疑問を投げ掛ける
“なんでも質問コーナー”だったんだよね。
なんでカマキリかって?
子供の考えることなんで説明するのも申し訳ないのですが(笑)…
きっかけとなった最初の質問が
「カマキリとクワガタはどっちが強いの?!」だったからだと記憶している。
その時の兄の答えは
兄「そりゃあクワガタじゃ」
俺「なんで?」
兄「そりゃあ身体が固いけぇよ」
というシンプル且つテキトーな答えだったのだった。(笑)
幼い俺は「さすが、兄ちゃんはなんでも知っとる!」といたく感動した。
「なんでも聞いてええでぇ」という兄の自信たっぷりの言葉から、
その後の恒例行事となったのだ。
でもクワガタの方が強いという結論にもかかわらず、
なぜに その後のタイトルが『カマキリ〜』なのかはイマイチ不明な点ではある。
俺「ジャイアント馬場とアントニオ猪木が本気で闘ったらどっち強いん?」
兄「そりゃあ猪木じゃ」
俺「なんで?」
兄「そりゃあスピードがあるけぇよ」
翌日の学校で、そこから得た情報を友達に自慢気に話したりしてた。
「猪木の方がスピードがあるから強いんじゃ!」って。(笑)
“どっちが強い?シリーズ”から
質問は多種多様になってった気がする。
ある晩の“カマキリの話”
俺「兄ちゃん、人は死んだらどうなるん?」
兄「なんにも無くなる。それだけじゃ…」
その答えの後、なんだか怖い気持ちになったのもおぼえてる。
でもまあ、よく面倒臭がらずに相手してくれたなぁって今になって思う。
半分寝ながら答えてた事も多かったけど。(笑)
父親が居なかったぶん、兄に父性みたいなものも求めてたんだろうね。きっと。
それに対して、愛を持って
向き合ってくれた兄に心から感謝してるんだ。
どこ行くにも くっついてった
泣き虫の弟。
先日、兄と電話で話した。
「仕事でこっちに来る時は泊りに来いよ」って言ってくれた兄に、
「おう!その時はカマキリの話してくれ(笑)」
「なんじゃそりゃあ!(笑)…でも懐かしいのう」
人にはそれぞれの家族のカタチがある。
それぞれの想いがある。
俺なりの想い。
そして、それが歌になるんだ。
『ビー玉くらいの倖せ』
夕暮れ時の堤防を
涙 ためたまま歩いた
兄ちゃんの後をくっついて
パパは 僕らが嫌いで
出て行ったんじゃないよね
どこまでも潮の香り
僕 兄ちゃんが大好きなんだ
学校でも真似しているよ
遊び方も 走り方も 笑い方も
歌の歌い方も…
ビー玉くらいの幸せを
毎日集めて来てくれた
兄ちゃんが笑えば 家があたたかい
ありがとう もう泣かないよ
明日は友達のパパが
僕らを車に乗せて
遊園地へ連れてってくれる
ママはきっと治るよね
また歩けるようになるね
その時は一緒に行こうよ
僕 兄ちゃんが大好きだから
大阪のおじさんのとこ
もらわれてくの ほんとは嫌だよ
ここで一緒に ママを守ろうよ…
僕のために楽しみを
我慢したりもうしないでね
兄ちゃんが笑えば ママも嬉しそう
おやすみ 早く明日になれ
いつしか大人になった時
僕らに家族が増えてたら
ビー玉くらいの幸せでいい
集めたい みんなのために
YASS